看護師の人件費は売上原価?販管費?

「病棟看護師の給与は売上原価で、事務職員の給与は販管費」と言われたとき、「え、どういうこと?」と思いませんでしたか?

病院で経営管理を学び始めると、最初にぶつかる壁の一つが、この費用の分類なんです。製造業の言葉を医療に当てはめると聞こえが少し違和感があるかもしれませんが、実はとても理にかなった考え方。

この記事では、初めてこの概念に触れる方から、より深く理解したい方まで、段階を追って丁寧に解説していきます。

目次

看護師人件費の費用分類とは

病院の費用は大きく「売上原価」と「販売費・一般管理費(販管費)」に分けて考えることができます。

売上原価とは、医療サービスを提供するために直接かかる費用のこと。

販管費は、病院の管理・運営に必要な間接的な費用を指します。

病棟看護師の人件費は前者、事務職員の人件費は後者に分類されるというのが、病院経営における基本的な考え方です。

初心者向け解説

「売上原価」と聞くと、製造業のイメージが浮かぶかもしれません。工場でモノを作るとき、材料費や作業員の給与が「原価」になりますよね。病院も考え方は同じなんです。

病院が提供するのは「医療サービス」というプロダクト。そのサービスを直接つくり出している人の人件費が「売上原価」にあたります。では、誰がサービスを直接つくっているかというと、まさに病棟で患者さんに向き合っている看護師さんたちです。

ちょっと想像してみてください。あなたがラーメン屋を経営しているとしたら、厨房で麺を茹でてスープを作っているシェフの給与は「原価」ですよね。でも、経理を担当しているスタッフや本部で管理をしている社員の給与は「管理費用」になるはずです。病院も同じ発想です。

  • 病棟看護師:患者さんの看護・処置・観察などを直接担う → 売上原価
  • 事務職員(経理・総務・医事課など):病院の管理・運営を支える → 販管費

この分類を気にしているのは、主に経営企画・財務担当の事務職員や、病院長・事務長クラスの経営層です。医師や看護師が直接意識することは少ないかもしれませんが、「自分たちの人件費が原価として管理されている」ということを知っておくと、病院経営の見え方が少し変わってくるんじゃないでしょうか。

中級者向け解説

もう少し踏み込んで考えてみましょう。「売上原価か販管費か」を判断する基準は、そのコストが医療サービスの提供に直接紐づいているかどうかです。これは管理会計の教科書でいう「直接費と間接費」の考え方に近いものです。

病院会計の規則として「病院会計準則」がありますが、これは主に財務会計(外部報告)のための基準です。費用を売上原価と販管費に分ける考え方は、むしろ管理会計の領域でよく使われます。経営分析や部門別収支を見るうえで、この分類が重要な意味を持ちます。

よくある誤解として、「看護師の給与は高いから販管費にしたい」という感覚的な判断をしてしまうことがあります。しかし分類の基準はコストの大小ではなく、サービス提供との直接的な関与度です。ここは注意が必要なポイントです。

また、グレーゾーンも存在します。現場でよく混乱するのが以下のようなケースです。

職種・役割一般的な分類理由・補足
病棟看護師売上原価直接患者ケアを担う
外来看護師売上原価病棟同様、直接サービスを提供
看護師長・看護部長病院によって異なる管理業務の比重が高い場合は販管費とすることも
リハビリスタッフ(PT・OT・ST)売上原価直接リハビリサービスを提供
薬剤師売上原価(服薬指導・病棟業務)直接業務割合に応じて按分する場合もある
事務職員(医事課・経理・総務)販管費間接的な管理・運営業務
地域連携室スタッフ病院によって異なる直接患者対応あれば売上原価に含める場合も

一般に、病院の人件費比率は医業収益の50〜60%程度と言われており、その大半が売上原価に分類される医療職の人件費です。この比率が高いほど、医業利益を出すことが難しくなるため、「どこに人員を配置するか」という議論と費用分類は密接につながっています。

なお、費用分類の基準を院内で統一していない病院も少なくないというのが実態です。「うちはこの職種をどちらに入れているの?」と確認してみると、意外とあいまいな回答が返ってくることもありますよ。

上級者向け解説

この費用分類を理解した上で、さらに経営判断の質を高めるためにはどんな視点が必要でしょうか。ここでは、制度・現場・経営の三層を横断して考えてみたいと思います。

まず、部門別収支管理との連動という視点です。
病棟ごと・診療科ごとに損益を管理するためには、看護師の人件費を「どの部門の売上原価か」に正確に割り当てる必要があります。たとえば内科病棟の看護師の人件費は内科病棟の原価として計上し、その病棟が生み出す医業収益と対比させることで、初めて「この病棟は収益性が高いか低いか」の判断ができるようになります。費用を丸ごと病院全体で管理しているだけでは、どの部門が足を引っ張っているのかが見えてきません。

次に、診療報酬改定との関係です。
看護師の配置基準(7対1、10対1など)は入院基本料に直結しており、収益の根幹を支えています。一方で、看護師の人員を手厚くするほど売上原価は膨らみます。7対1看護体制を維持するための人件費と、それによって得られる入院基本料の収益のバランスを試算することは、経営判断における重要な課題です。2024年度改定以降、看護職員の処遇改善加算の動向もこの構造に大きな影響を与えています。

また、固定費と変動費の視点も欠かせません。
看護師の人件費は一般に固定費的な性格を持ちます。患者数が減っても、病床を維持している限り一定の看護師配置が必要だからです。これは「売上原価であっても、売上に連動して下がらないコスト」という難しさを生みます。この構造を理解することで、「患者数が減った際にどこからコスト削減を検討すべきか」という判断がより精緻になるはずです。

さらに近年では、BIツールやデータ活用によって、職員の勤務実績データと収益データを紐づけ、実態に即した部門別原価を可視化する取り組みが進んでいます。従来は「看護師は全員まとめて病院全体の原価」という粗い管理をしていた病院も、病棟単位・職種単位での原価把握に移行しつつあるというのが最前線の状況です。

計算式・指標の見方

費用分類を実際の指標として活用するうえで、よく使われる計算式を確認しておきましょう。

人件費率 = 人件費総額 医業収益 × 100(%)

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この人件費率は、さらに「売上原価に含まれる人件費率」と「販管費に含まれる人件費率」に分解することで、どちらの費用が経営を圧迫しているかを把握できます。

医療職人件費率 = 医療職(看護師・医師・技師等)の人件費 医業収益 × 100(%)

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指標目安となる水準備考
人件費率(全体)50〜60%急性期病院の平均的な範囲
医療職人件費率(売上原価相当)40〜50%職種構成・病棟機能による
事務・管理職人件費率(販管費相当)5〜10%病院規模や機能によって変動

活用例

200床規模の急性期病院を想定して計算してみましょう。

  • 医業収益:30億円
  • 看護師・医師・医療技術職の人件費合計:13億5,000万円
  • 事務・管理職の人件費合計:2億円
医療職人件費率 = 13億5,000万円 30億円 × 100 = 45%

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管理職人件費率 = 2億円 30億円 × 100 = 約6.7%

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合計人件費率は51.7%となり、業界平均的な水準の範囲内です。

病院でのシナリオ

同じ200床規模の急性期病院で、経営会議での議論を想定してみます。

良い例悪い例
費用の把握方法売上原価(医療職)・販管費(管理職)を分けてモニタリングし、どちらが増加しているかを特定している「人件費が上がっている」とだけ把握し、どの部門・職種が要因かを追えていない
経営会議での報告「今月は内科病棟の売上原価人件費率が47%まで上昇。夜勤手当の増加が主因。改善策を検討中」「全体の人件費が前月比120万円増加しました」とだけ報告し、原因・対策が不明瞭
対応策部門別の原価管理に基づき、配置見直しや夜勤体制の効率化を具体的に検討できる全体の採用抑制という大雑把な対応になり、必要な部門まで人員不足になるリスクがある

指標を読む際の注意点

  • 人件費率が低ければ良いわけではない
    看護師の人件費を抑えすぎると、配置基準を下回るリスクや離職率の上昇につながります。コスト管理と医療の質・職員満足度のバランスが重要です。
  • 分類基準が病院によって異なる
    「看護師長を売上原価に含めるか販管費に含めるか」など、院内ルールが統一されていないと、他病院との比較が困難になります。比較する際は前提条件の確認が必須です。
  • 固定費の性格を忘れない
    看護師の人件費は患者数の増減に関係なく一定程度発生します。売上が下がっても原価はすぐには下がらないという構造を念頭に置いて分析しましょう。
  • 按分の精度に注意
    複数部門を兼務している職員の人件費をどう配賦するかによって、部門別の原価は変わってきます。按分ルールの設計が管理会計の精度を大きく左右します。

どの会議・帳票で見るか

  • 月次経営会議(医業収益・費用の前月比・前年比比較)
  • 病院指標レポート(人件費率の推移グラフ・部門別内訳)
  • 部門別収支報告書(各病棟・診療科の売上原価人件費の明細)
  • 予算策定会議(翌年度の人員計画・採用計画の根拠として)
  • 決算理事会(年度末の費用構造の総括として)

明日からのアクション

Lv.1(今日中)

  • 自院の人件費がどの科目で計上されているかを確認する
    経理担当や財務部門に「売上原価と販管費の人件費はどう分類されていますか?」と聞いてみましょう。分類ルールが明文化されているかどうかも確認するポイントです。
  • 「直接費か間接費か」という視点で、自分の部署の職種を分類してみる
    患者に直接サービスを提供する職種とそうでない職種を書き出すことで、費用分類の感覚が身につきます。

Lv.2(1週間以内)

  • 月次レポートや病院指標レポートで人件費率の推移を確認する
    全体の人件費率だけでなく、医療職と事務職に分けた内訳があるかを確認しましょう。分かれていない場合は、その分解を提案する素材にもなります。
  • 他病院の公開情報(病院機能指標など)と自院の人件費率を比較してみる
    地域医療情報システム(日本病院会QIプロジェクト等)などで公開されているデータを参考に、自院の立ち位置を確認してみてください。

Lv.3(1〜3ヶ月)

  • 部門別の売上原価人件費率を算出できる仕組みを整える
    経営企画・財務・現場の三者が連携して、病棟単位・診療科単位で人件費原価が見えるような管理帳票を設計していきましょう。最初は主要病棟だけでも十分です。
  • 費用分類の院内ルールを文書化することを提案する
    「この職種はどちらに入れるか」の基準が属人的になっている病院は多いものです。ルールの明文化は、データの一貫性を高め、将来の経営分析の精度向上につながります。

関連用語

  • 人件費率
    医業収益に対する人件費の割合。病院の費用構造を把握するうえで最も基本的な指標の一つです。
  • 医業利益
    医業収益から医業費用(売上原価+販管費)を差し引いた利益。病院の本業の収益性を示します。
  • 固定費・変動費
    売上の増減に連動して変化するか否かで費用を分類する考え方。看護師人件費は固定費的な性格が強い費用の代表例です。
  • 部門別収支
    病棟・診療科・部門ごとに収益と費用を割り当てて管理する手法。費用分類の精度がそのまま部門収支の精度に直結します。
  • 病院会計準則
    病院の財務会計における会計処理の基準。厚生労働省が定めており、費用の定義や分類に関する基本的な考え方を示しています。
  • 管理会計
    経営者や管理者が意思決定のために行う内部向けの会計。費用を売上原価・販管費に分けて分析するのは、主にこの管理会計の領域です。
  • 入院基本料
    看護師の配置基準(7対1・10対1等)に応じて算定される診療報酬。売上原価である看護師人件費と直接連動する収益項目です。

まとめ

「病棟看護師の人件費は売上原価、事務職員の人件費は販管費」という考え方は、管理会計の基本として正しいものです。大切なのは、この分類の目的が「コストを削減すること」ではなく、「どこでどのようにコストが発生しているかを正確に把握し、経営判断に活かすこと」だという点です。

費用の分類ができると、「この病棟は収益に対して原価が適切か」「販管費が膨らんでいないか」という問いが立てられるようになります。数字を分ける力は、病院経営を深く理解するための第一歩です。まずは自院の人件費がどう分類されているかを確認することから始めてみてください。

※診療報酬点数・看護配置基準の係数等は改定が頻繁なため、厚生労働省告示・中医協資料で最新情報をご確認ください。

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